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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)109号 判決 1967年4月26日

主文

一、被告は原告に対し金四五万円およびこれに対する昭和四一年二月一日より右完済まで年五分の金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四、第一項に限り仮に執行することができる。

五、被告が原告に対して金四〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一原告の申立

「被告は原告に対し金一五〇万円およびこれに対する昭和四一年二月一日より右完済まで年五分の金員を支払え。」

第二争いない事実

一、本件傷害交通事故の発生

発生時 昭和三八年二月一七日午後〇時以降二時三〇分まで

発生地 大阪市旭区森小路五丁目国道一号線上、交叉点

事故車 普通貨物自動車ライトバン大四ひ七一四六号

運転者 宮本武広

態様 原告が競輪用自転車を運転して前記国道を直進して交叉点に入りなお直進中、反対方向より同交叉点に進入して右折していた事故車と衝突し、よつて原告は傷害を蒙つた。

二、第一次的帰責事由

被告は事故車を保有して事故時運行の用に供していた。

第三争点

原告主張

二 第二次的帰責事由

(1)被告の被用運転手宮本が事故時自己担当の事故車を運転して被告の従業員他三名位を同乗させていた際宮本の次記過失により本件事故発生をみたものであり、被告は民法七一五条の使用者としての責任がある。

(2)過失

前方注視、一時停止を各怠つた過失等がある。

三 損害

(一)傷害

第二型後遺症を伴う頭部打撲、右鎖骨骨折、左自然気胸等。

(イ)入院加療 三八・二・一七―三八・三・五

(ロ)骨折、気胸の通院加療 三八・三・六―三八・四・中旬

(ハ)転地療養 三八・四・中旬―三八・一〇

(ニ)通院加療 三九・三―四

(ホ)転地療養 三九・四―一〇

(ヘ)その他随時診療をうけた。

(二)後遺症

(1)鎖骨骨折のため右腕の疲労が甚しい。

(2)頭部打撲により頭痛頭重、難聴、耳鳴、神経不安がつづく。

(三)損害額

別紙損害表記載のとおり。

特記事情

Bにつき

(1)原告は、当時、由井理髪店に雇われて理髪師として働き月給三万円をえていた。

(2)しかし前記受傷および加療ならびに後遺障害のため事故翌日以降今日に至るまでまつたく就労できず、その間前出月額割合による得べかりし利益を失つた。

(3)本訴請求分は事故翌日より昭和四〇年一二月一七日までの二年一〇月分金一〇二万である。

Cにつき

(1)前記長期の加療を要する重傷を蒙りかつ後遺症が残つた。

(2)右腕疲労の障害により理髪師としての働きはまつたくできなくなつたのみか、頭部外傷後遺障害のため頭脳的労働もごく軽微なもの以外はできない。

(3)アマチュアの競輪選手で、身体強健な青年であつたが本件事故により正常な活動もできない。

(一)原告は北進し、事故車は南進したのち本交叉点で右折中であつた。なお衝突地点は交叉点中央附近であり、衝突時の南北行信号は青である。

(二)否認。

宮本には前方不注意、一時停止義務違反の過失がある。

(三)否認。

原告は青信号に従い交叉点に入つた。

五 本訴請求

損害Aの全額、Bのうち七二万円、Cのうち七一万一、三四二円の合計一五〇万円とこれに対する昭和四一年二月一日より右完済まで年五分の遅延損害金。

被告主張

二 被告が宮本の使用主であることのみ認める、その余は否認。

三 不知。

四 運行者免責の抗弁

(一)具体的態様

宮本は、事故車を運転して国道一号線を北進したのち本件交叉点で右折すべく、交叉点に進入してそのほぼ中央部まで進出し、南行車輛の通過を待ち、南北行信号が明滅して南行最後尾車が通過したので、右折発進した。右折発進時に宮本は交叉点北四〇ないし五〇米の地点を南に向けて走る原告運転の自転車を認めた。次いで南北行信号が黄に変つたので交叉点より東へ延びる道路入口たる右東西路上横断歩道まで進んだとき推定一二才の男子児童が南北横断のためとび出してきた。そこで右児童を横断通過をまつて一時停止中原告自転車と事故車後部左側とが衝突した。一時停止時において南北行信号は既に赤である。

(二)被告の運転者宮本の無過失

信号に従つて交叉点進入および右折しかつ原告の位置と当時の信号状況を確認して右折進行しており、横断歩行者待ちのための一時停止中に事故車後部に衝突されたものであり、注意義務はすべてつくしている。

(三)原告の過失

原告は相当のスピードを出して競走の際にとる下を向いたままの姿勢で力走し、交通状況や信号等の前方注意をしないのはもちろん交叉点自体にも停止中の事故車にも信号にもまつたく気づかずに走行を継続したものであつて本件事故は原告の右過失によつて発生した。

第四証拠〔略〕

理由

第五争点についての判断(認定証拠は各項目末尾のかつこ)

三 損害

(一)原告は、本件事故により、頭部外傷第Ⅱ型、右鎖骨骨折、左自然気胸の傷害をうけ次のごとき加療を要した。

(イ)関西医大病院入院加療 三八・二・一七―三・五

(ロ)  〃通院〃 〃三・六より一ケ月

(ハ)北野病院通院加療 三九・三・五―五・二二

(ニ)京大〃〃 三九・一一・二〇―四〇・一・二三

右のうち(イ)(ロ)は鎖骨骨折左自然気胸の治療、(ハ)(ニ)は頭部外傷および頭部外傷後遺症の治療のためであり、入通院しない間は自宅療養を続けた。

(二)後遺症

頭部外傷後遺症として大後頭神経症候群が残り、後頭部頭重、前頭部痛、耳鳴難聴の症状が固定し、また腕のしびれやふるえおよび疲れた際の眼のかすみも消えない。

(三)損害額

別表記載のとおり。

補充説明

Bにつき

(1)原告は、中学卒業後事故時まで、母馬場フミの経営する理髪店で理髪師として働き、事故当時は三万円の月給を貰つていた。

(2)しかし本件受傷およびその加療ならびに前示後遺障害のため事故翌日以降理髪師として稼働することはまつたくできず、現在に至るまでの間前記月額割合による収入を失つた。

(3)すると原告主張の期間に計一〇二万円の得べかりし利益を失つたものといいうる。

Cにつき

(1)前出部位程度の重傷を蒙り、骨折部にはギブスを固定した。

(2)後遺症が残り、受傷位が頭部であることおよび症状固定したことよりこれの全治する見込みはない。

(3)永年理髪師として経験をつみ将来は母の理髪店を継ぐ予定であつたが、後遺障害のため理髪師としての働きが不能となり、現在は転職をめざして鍼灸学校に通う身となつた。

(4)アマチユア競輪選手であり、また独身であるが、競輪は不能となりまた障害の身では結婚にも差支える。

(5)以上の事実によると原告の慰藉料は金二一〇万円を正当というべく右以下である原告主張額はたやすく肯認できる。

〔証拠略〕

四 運行者免責の抗弁

被告運転者宮本に過失があり肯認できない。すなわち

(一)事故の具体的態様

事故車は南北青信号で交叉点に入り右折のため交叉点中央附近で南行車の通過を方向指示器をあげて待機し、南行車群後尾のブルーバードが通過し終り南北行が青滅信号となつたので、右折を開始した。そして事故車が国道一号線センターラインよりやや東へ車首を出したとき宮本が右道路北方をみると、事故車位置より北約二三・五米の地点を南行する競輪用自転車が認められた。しかし宮本は南北は青点滅であるから自転車を運転する原告が交叉点に進入することはないとし、自車を自転車より先に通過し了えるものと思い、そのまま右折をつづけた。ところが交叉点より東へ延びる道路上横断歩道(交叉点すぐ東)を南より北へ歩いて横断中の小学校五・六年の児童があつたので宮本は児童を先に通過さすべく、右横断歩道の一部に車首を乗入れ車体大半を国道一号線車道において一時停止した。右停止に接着する直後、事故車左側面と原告自転車前部とが衝突した。原告自転車は交叉点北方より衝突時点まで全力疾走のままであり時速は約四〇キロであつた。

(二)被告運転者宮本の無過失

認められない。すなわち宮本は、交叉点を右折するに際し、猛スピードで南行直進中の原告競輪自転車を自車の北方二三・五米の地点で現認したのにもかかわらず、南行自動車団が通過を了したことと、右自動車群より距離を離された南行車が自転車であることより、当時なお青点滅信号であつたから直進する原告自転車に優先通行権があるのに、同車を軽視するの余りその優先通行権を無視して同車の通過をまたずに右折を図つたものであり、過失を免れ得ない。なお前に示した原告自転車の位置および速度ならびに南北の横断歩道上に歩行者の存在したことならびに青点滅信号持続時間が二・五秒であつたことより衝突時の南北信号は青点滅の末頃ないし黄であり赤ではない。

証人浜口・森沢・蝶野・坂梨は、原告自転車が前示認定の地点より交叉点のもつと北方にいたとか、衝突時は南北赤信号であつたとか口をそろえて証言するが、右証言は事故直後の記憶の新鮮な時点で、しかも宮本のみが立会つて利害対立者たる原告の立会なくなされたいわば宮本に有利な実況見分の説明と異るうえ、横断歩道歩行者が南北赤信号を無視していたという事実は事故直後の段階では宮本も蝶野もなんら供述せず後になつて言い出したことにすぎず、結局前出各証言は信用できない。

〔証拠略〕

五 原告の過失=過失相殺

原告は、日曜日であつたから他の曜日に比して若干交量閑散であつたとはいえなお国道一号線という幹線路のしかも市街地を、ヘルメットをかぶつて競輪競走の際にとる下向きの姿勢で時速約四〇キロの全力疾走を続け、かつ交叉点のはるか手前で一時顔をあげて前方をみただけでその後は進路前方の交通状況・信号・道路上障碍物等の注意ならびに確認を一切怠つたままうつむいて走行を継続し、衝突の直前であつたとはいえ一時停止している事故車の左側面の中央より後の部分にほぼ直角に衝突したものであり、その過失は極めて大きい。

右の原告の過失と前出被告運転者宮本の過失とを対比すると、原告の蒙つた損害の負担割合は原告七対被告三といわざるをえない。

〔証拠略〕

第六結論

すると被告は原告に対し主文第一項掲記の交通事故損害金およびこれに対する右損害発生後であること明かな昭和四一年二月一日より右完済まで年五分の遅延損害金支払義務があるものというべく、原告の請求を右の限度で認容しその余を棄却すべく、民訴法八九条・九二条・一九六条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 今枝孟)

別紙損害表

〈省略〉

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